ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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廃止直前の留萌本線を増毛へ歩く


 苫小牧から北海道フリーパスを使い始め、3日間をかけて夕張、釧路、根室、網走、旭川と道東を周ってきた。
 爆弾低気圧の通過で日本海側は大雪になったのだが、晩秋の北海道を10日も旅すればこんな日もあって当然なのだろう。
 昨夜、旭川に着いたときには吹雪で15cmほどの積雪があり、今日の予定がどうなるか分からなかったが、天気は午後から回復しそうである。
 留萌本線の留萌〜増毛間は、午前中は運休ということで、深川8時05分発の留萌行きに乗ろうと思う。
 雪でどうなるかだが、1ヶ月後の廃線が決まっている留萌から増毛まで沿線16.7kmを散策しながら歩くつもりだ。
 旭川の駅前のホテルに泊まっているので、その時間に合わせて出発する。

旭川駅
旭川駅

 2016年11月。
 今日は北海道フリーパスを使い始めて4日目である。
 6時35分、雪が積もって真っ白になった旭川駅前は、人通りがなく閑散として寂しい。まだ小雪が舞っていて、夜は明けたが街灯がともっている。
 高架のホームに上がると、これから乗る6時45分発の「スーパーカムイ6号」札幌行きはすでに入線しており、車両の前面は雪が凍結して冷凍庫の中のような表情だ。
 自由席に乗り、18分で留萌本線の起点である深川に着いた。
 8時05分発の列車まで約1時間あるので、小雪が降り続く駅前を散策する。
 乗ったことはないが、1995年に廃止された深名線の跡を走るバスの停留所があり、いつか行ってみたいと思う。
 深川の街は碁盤の目に整備されており、適当に30分ほど散策して駅に戻った。
 改札のアナウンスがあり、ホームへ行くと一両の普通列車がエンジンを震わせている。こんな天候で乗客は数人しかいない。

深川駅
深川駅

 深川から留萌までは約50km、1時間弱、電化されている函館本線と分かれるとローカル線の風情が漂いはじめる。
 深川は北海道有数の穀倉地帯で、稲刈りの頃は黄金色に輝く田んぼが広がっているのだろうが、今日は白一色になっている。
 難読駅名で知られる北一已(きたいちやん)、秩父別(ちっぷべつ)をすぎて石狩川の支流である雨竜川を渡ると、主要駅の石狩沼田に着く。新十津川からここまで延びていた札沼線は1972年に廃止されたという。
 石狩沼田をすぎると緩やかな登りとなる。普通列車だが真布を通過、連続テレビ小説「すずらん」の舞台となった恵比島に着く。
 恵比島は1999年の朝ドラ「すずらん」の舞台となった駅で、「明日萌駅」の駅舎やセットが残っており、次の機会に尋ねてみようと思う。
 大きく蛇行しながらの山深い登りとなり、トンネルをくぐって峠を越えると、その名も峠下という駅で、深川行きの列車がやってきてすれ違う。
 あとは田園風景と林間部を繰り返しながら日本海に注ぐ留萌川に沿って下っていく。幌糠、藤山、大和田とこの辺りの地主の名をとった駅に停車して、日本海に面した終点の留萌に9時ちょうど定刻に着いた。
 窓口で増毛方面が午後から運行することを確認する。駅構内には、屋台のような立喰そばがあり、食べて温まりたいがまだ開いていない。
 壁には「留萌〜増毛間は12月4日をもちまして営業を終了いたします」と書かれた横4m、縦1mほどの大きなポスターが貼られている。
 乗ってきた深川〜留萌間もいつまで存続できるのか覚束ない。

留萌駅
留萌駅

 これから増毛へ向かって歩いていくわけだが、天候は大丈夫だろうか。外に出ると雪は止んでいる。一面真っ白であるが、靴が埋まるほどの積雪はなく、道路も凍結していないので歩けそうだ。
 改札口で尋ねると午前中は吹雪で運休の留萌〜増毛間も午後は運行する予定だという。とにかく行けることろまで歩いて、午後から運行を開始する列車に乗ろうと思う。
 9時15分に留萌駅を出発、夕日の名所である黄金岬方面へ市街地を歩いていく。道路にはアスファルトが見えないほど雪が積もってアイスバーンになっているが、凍結はしていないので滑らずに行けそうだ。
 300mほど歩くと国道231号線に出る。増毛まで日本海オロロンラインと呼ばれるこの国道を歩くことになる。
 オロロンラインは国道231号と国道232号の愛称で、石狩から日本海沿いに留萌、羽幌などを経て稚内までの約290kmの区間を指す。オロロン鳥は羽幌町の天売島に棲む海鳥である。
 まずは2kmほど先にある隣駅の瀬越を目指すのだが、また吹雪いてきた。風を遮るものがなく少し辛いが、雨でなく雪でよかったと思う。11月上旬に東京で雪が降ることはないので昨日はワクワクしたりもしたが、今日はもううんざりしてきた。
 留萌郵便局から15分ほど歩き、国道から外れて海へ下っていくと、10時すぎに瀬越駅に着いた。元は海水浴客のための仮乗降場だったが、JR北海道が発足したときに旅客駅に昇格したという。

瀬越駅
瀬越駅へと下る

 ホームに立つと目の前は大荒れの日本海でとても寒い。この辺りは海水浴場なのだがその雰囲気はまったく感じられなかった。
 国道に戻って南へ向かう。これからはずっと日本海に沿った国道歩きだ。
 留萌の市街地が尽きて線路を高架橋で渡ると海沿いに出るのだが、この辺りが最も風が強くなかなか前へ進めなかった。
 近くには礼受(れうけ)牧場、礼受漁港などがあり、線路の向こうの急斜面には神社が見える。稲神社というらしいが斜面にある柵は雪崩を防ぐものだろうか。
 遠くに雄冬岬を見ながらひたすら歩き、簡易郵便局をすぎると11時に礼受駅に着いた。
 礼受は瀬越のような仮乗降場ではなく、留萌〜増毛間が開通した大正10年に営業を開始した正式な駅である。
 コンクリートのホームには貨車駅舎が乗っているが、外壁の塗装ははがれ落ち錆びて痛々しい。潮風の影響が大きいのだろう。駅舎に入ると綺麗に掃除されていて、掲示板には営業終了のお知らせが貼ってあった。乗降人数は1日に1人いるかいないかだったらしい。

礼受駅
礼受駅

 礼受駅を出るとすぐ留萌市から増毛町に入る。増毛町の看板には、雪の暑寒別岳に海老とサクランボが描かれている。
 次の阿分(あふん)までは1.3kmと短い。荒れた日本海の向こうに暑寒別岳、雄冬岬がだんだんと大きくなってくる。地元の方に小学校の奥に阿分駅があると教えてもらい、礼受からは15分ほどで着いた。
 阿分も元は仮乗降場で、駅舎はなく板張りのホームである。小学校は前年に廃校になったそうだ。
 阿分駅をすぎると線路の奥に稲荷神社が建っているのだが、線路横断禁止の札が掛かっていて、どうやって参拝するのだろうか?
 やがて萱泊という集落に入ると、列車は阿分隧道をくぐるが、歩きは国道で遠回りをする。トンネルの入口には、一寸と待て時間はよいか確認…と書かれているがこれはなんだろう。
 国道から離れて再び線路沿いに戻ると、午後の運行に備えて踏切で10人ほどが雪かきをしている。
 その先で川幅の広い信砂(のぶしゃ)川を渡ると、12時ちょうどに信砂駅に着いた。ここも元の仮乗降場で、板張りのホームの傍らに建設現場にあるような小さなプレハブの待合室が建っている。
 次の舎熊駅は0.8kmと近く、増毛行きの列車は12時35分発なので、これに乗ろうと思う。
 再び国道に出て、寒いので舎熊郵便局に立ち寄って暖を取り、ついでに風景印を捺してもらうと、日本海と署寒別岳を背景にさくらんぼと鮭が描かれた図案であった。
 郵便局から集落の小道を入っていくと12時20分に舎熊駅に着いた。ここは大正10年に営業開始した駅で、礼受と同じようにコンクリートのホームに貨車駅舎が乗っている。

舎熊駅
舎熊駅

 舎熊(しゃぐま)とはいかにも熊が出そうな感じだが、アイヌ語でイサックマ、魚を乾かす物干し棚を意味するらしい。増毛はよい漁場でサケ、ホッケ、ソウハチなどなんでも獲れるというから、そこからきているのだろう。
 この先、増毛までの間に朱文別と箸別の二駅があるが今日は時間がなくなってしまった。廃線後にもう一度訪ねてみたい気もするが、たぶんもう来ないだろう。
 誰もいない舎熊のホームで待っていると、12時35分発の列車がやってきた。普段は1両でもガラガラらしいが、今日は廃線前ということで2両編成だ。車内は混んではいたが悪天候なので少しだけ席が空いていた。
 増毛の海を回りこむように、断崖の下をゆっくり右へ右へとカーブしながら走る。海からは時折、漁船の汽笛が聞こえて、漁港の雰囲気が漂ってくる。名残を惜しむかのようにゆっくりと走って12時47分に増毛に着いた。
 増毛(ましけ)とはアイヌ語でカモメが多いところを意味するらしい。かつてニシン漁で賑わったので、それを狙ってカモメが群れていたようだ。  乗ってきた列車が10分後に深川行きとなって折り返す。この辺りを散策して3時間後の列車にしようかと迷ったが混みそうだ。ゆっくりと車窓を楽しみたかったので、10分後の列車で戻ることにする。
 とすると滞在時間は10分しかない。増毛は高倉健さん主演の映画「駅 STATION」の舞台として知られているので、急いで駅舎や今は観光案内所になっている風待食堂などを見る。

増毛駅
増毛駅

 多くの人は3時間後の列車で帰るようで、12時57分に増毛を出た列車は空いていた。
 来月廃線になる日本海の車窓を堪能して、深川には14時28分に戻ってきた。
 明日は稚内へ行き、宗谷岬などを散策する予定になっている。
 (つづく)

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