ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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北斗星の輝き


久しぶりの北海道

 1週間ほど仕事が休みになった。いろいろあって、傷心旅行というほど女々しいことではないのだが、どこか遠くへ行きたくなった。
 2016年3月に北海道新幹線が開業することになり、寝台特急の北斗星が廃止されそうだと知って、久しぶりに北海道へ行くことにする。
 北斗星は青函トンネルの開通と同時に、上野〜札幌間の運行を開始した寝台列車で、豪華なA寝台のロイヤル個室や食堂車のグランシャリオなど、とても憧れたものだ。私はお金がないのでB寝台だったが、90年代に何度も乗ったことがあり、とても懐かしい。
 まずは、約20年ぶりに時刻表を購入して、北海道のどこへ行こうか検討する。旅行の計画を立てるのは楽しい作業だ。
 北斗星は近いうちに廃止が噂されており、寝台券が入手できるか分からないので、青森まで東北新幹線で行き、在来線に乗り継ぐことも視野に入れておかねばならない。
 いろいろと調べると、「北海道全線フリーきっぷ」というのがあり、これで北海道を周ってみることにした。北海道全線フリーきっぷは、北海道までの往復乗車券と、北海道内のJRの自由席が乗り放題という切符で、5日間有効である。

北斗星を牽引するEF510形電機機関車
寝台特急・北斗星

北斗星のきっぷを購入

 金曜日、仕事が終わった後にみどりの窓口へ行き、週末の北斗星の寝台券があるか尋ねると、日曜日のB個室寝台に空きがあるとのことで、偶然にも購入することができた。寸前にキャンセルが出たようで、窓口の方に「お客さん、運がいいですね」と声をかけられた。とても幸先がよい。
 これで日曜日の夜に出発して、木曜日に帰ってくることに決まった。
 どこか遠くへ、つまり鉄道で最果てまで行ってみたいのだが、稚内や根室へは時間的に厳しいので、北海道の南の果てである襟裳岬まで行って、その後は札幌や小樽、函館などを観光しようと思う。

北斗星が発着する上野駅13番ホームへ
上野駅13番ホームへ

上野駅の13番ホームへ

 2014年11月9日。
 日曜日の夕方、上野駅へ向かう。13番線が北斗星など北へ向かう列車が発着するホームで、約20年ぶりであるが変わっていない。かつては上野を発着するブルートレインがたくさん運転されていたが、先日あけぼのが廃止され、現在はもう北斗星が最後だ。ブルートレイン・・・いい響きである。
 売店で駅弁と缶ビールなどを買って待っていると、発車の20分前に北斗星が入線してきた。
 廃止が噂されているので、写真を撮りに来ている人がとても多い。私も長いホームの先端まで歩いて、客車を牽引する電気機関車の写真を撮る。北斗星のヘッドマークには北斗七星が描かれている。
 私の座席は9号車の10番、B個室寝台の上段で、屋根裏部屋のような構造だ。個室と言っても、天井が低く細いベッドがあるだけの狭っ苦しい部屋なので、閉所恐怖症の人には耐えられないかも知れない。
 北斗星は運行を始めて25年ほど経過しているので、錆や汚れなどが目立ち、ドアの開閉も動きが悪くなっている。

北斗星のB個室寝台(上段)
北斗星のB個室寝台(上段)

いよいよ上野を発車

 19時3分、上野を発車。外はすでに真っ暗で、沿線に立ち並ぶビルのネオンが車窓を流れていく。ビルの屋上にはサッポロビール★の看板も見える。因みに北海道限定のサッポロクラシックというビールはとても美味しい。
 スピーカーから年配の車掌の放送が聞こえてきて、「停車駅は大宮、宇都宮、郡山、福島、仙台・・・」、味のある声だ。長距離列車の場合は、車掌の声も旅情を高めてくれる要素の一つだと思う。
 放送が終わると、その車掌が検札に来て、盛岡から青森までの運賃を5500円ほどを別途支払う。これは盛岡から青森まで東北新幹線が延伸したことにより、在来の東北本線がJRから第三セクターになったためだ。

北斗星から見たサッポロビール★の看板
サッポロビール★の看板

北斗星の設備と青函トンネル

 北斗星には、JR東日本とJR北海道の2編成があり、毎晩、上野と札幌をそれぞれ出発する。今日、私が乗っているのはJR東日本の編成である。個室には鍵があり、JR北海道は主に暗証番号式、JR東日本はホテルのような磁気カード式なので、これも車掌から受け取る。持ち帰れるのでよい記念品になる。
 駅弁を食べて缶ビールを飲むと、もうすることがないので、車窓を見たりベッドに横になったりを繰り返す。車窓といっても、暗闇に疎らな街の灯りが流れていくだけだが…。寝台列車は時間がかかって退屈かも知れないが、目的地までダラっと横になって行けるのがよい。
 北斗星は機関車に引かれる客車列車なので、電車のモーター音やディーゼル車のエンジン音がなく、線路の継ぎ目を渡るカタンカタンという音だけでとても静かだ。時折聞こえる汽笛に哀愁のようなものが漂う。
 23時28分、仙台に着くとホームは閑散としていて人の姿はほとんどなく、蛍光灯がホームを虚しく照らしている。23時30分に仙台を出ると、翌朝6時35分に着く函館までノンストップである。

北斗星から見た仙台駅のホーム
閑散とした仙台駅のホーム

 再び横になると、いつの間にか数時間眠れたようで、ゴーっと壁に響く走行音で目が覚めた。青函トンネルを走行しているようだ。午前5時をすぎて、日付は月曜日に変わっている。
 青森でスイッチバックをしたので、進行方向が逆向きになっている。やがて青函トンネルを出ると空が薄明るい。

北海道に上陸

 雲が立ち込めているが、いよいよ北海道に上陸、気分が高まってきた。
 木古内ではホームの灯りに照らされた北海道新幹線の高架が見え、開業を待つだけのようだ。
 在来線のホームには6時3分の始発列車が停まっていて、乗り込む乗客の姿がちらほら見える。函館まで通勤、通学しているのであろう。

北斗星から木古内駅の車窓
新幹線の開業を待つ木古内駅を通過

 木古内から函館までは、右に津軽海峡が広がるのだが、北斗星の寝台は山側で見えないので、通路に出て海を眺める。牛が寝そべるような外観から臥牛山とも呼ばれる函館山が島のように見える。
 夜が明けると、雲間からの朝日が眩しい。
 「おはようございます。まもなく函館に到着します。・・・」と車掌の放送が入る。声を聴くと若い車掌に交代したようだ。
 6分ほど遅れて、6時41分函館に到着。
 窓からホームを眺めていると、ドアが開くと同時に鉄道ファンが一斉にホームに飛び出して、ホームの先端へ走っていく。みんな、機関車の付け替えを見に行くようだ。函館から先は電化されていないので、電気機関車からディーゼル機関車に交換するのである。私はそこまでの興味はないのと、停車時間が8分しかないので、車内でゆっくりと寛ぐ。乗り遅れたらたいへんだ。

北斗星から見た函館駅のホーム
函館に到着

函館から大沼へ

 6時49分に函館を発車、七飯という駅をすぎると住宅地が尽きて、山の中に入り、いくつものトンネルを抜けていく。
 やがて観光地の大沼で、標高1131mの渡島駒ヶ岳が見えてきた。かつては富士山のような円錐形をした標高1700mほどの山だったが、1640年の大噴火で山頂部が吹き飛んで、現在の双耳峰のような形になったという。
 北斗星は駒ヶ岳の裾を登っていく。空はどんよりとして、山頂は雲に隠れている。
 東山、姫川などの秘境駅を通過、右へ左へカーブしながら下っていくと海に出て、7時38分に森駅に着いた。小雨が降っているが、雲の切れ間には青空が覗いている。森は「いかめし」の駅弁で知られるが、停車時間が短いので買うことはできない。

噴火湾の眺め

 森からは内浦湾、通称噴火湾を右に見ながら走行する。周囲に駒ヶ岳、羊蹄山、有珠山などの活火山が点在するので、噴火湾と呼ばれている。
 噴火湾ではイカやカレイがたくさん獲れるが、森のいかめしは身の柔らかい外国産を使っているという。噴火湾は直径約50kmの丸い形をしていて、森から室蘭まで約140kmの海岸線を時計回りにぐるっと周るのだが、対岸の室蘭までは約2時間かかる。

北斗星の車窓・噴火湾
噴火湾の眺め

 私が北斗星に乗りたかった理由は、この噴火湾の車窓を眺めたかったからだ。昔、初めての北海道旅行に北斗星に乗ってきた訳だが、これが北海道かぁという印象が強く残っている。とにかく寂しい感じの噴火湾が印象深い。
 新函館北斗から札幌まで北海道新幹線が延伸すれば、この辺りは間違いなく廃線になってしまうだろう。
 森から約50分で長万部に到着。アイヌ語の「おしゃまんべ」に漢字を当てた地名で、いかにも北海道らしい。おしゃまんべとは、ヒラメのいるところ意味するそうだが、「かにめし」で知られている。こちらも停車時間が短く、かにめしの駅弁は買えない。
 長万部でニセコ、倶知安方面への函館本線と分かれて、室蘭本線に入る。
 洞爺湖や有珠山への最寄り駅である洞爺、さらに伊達紋別をすぎると、港町である室蘭の工場や煙突が目立ってきた。

東室蘭で下車

 室蘭は鉄の町と呼ばれ、かつては殷賑を極めたが、私が90年代に来た頃はすでに寂しさが漂っていた。現在は工場夜景クルーズなどの観光業が上手くいっているという。
 上野を出て14時間半、東室蘭に9時34分着。終点の札幌まで乗りたいのだが、今夜は苫小牧で泊まるので、ここで北斗星を下りて室蘭を観光しようと思う。

東室蘭駅で北斗星を見送る
東室蘭駅で北斗星を見送る

 ホームに降りるとさすがに11月の北海道で、東京の暖かさとは別世界だ。東室蘭で下車した人はなく、ほとんどの人が札幌まで行くようである。当然、鉄道ファンであれば札幌まで降りるはずもないのだが、ここは室蘭、「鉄の町」だ。
 ずっと輝き続けてほしいが、もう乗ることはないであろう北斗星を見送り、改札を出てコインロッカーに荷物を預ける。これから半島の先にある地球岬などへ行くつもりだが、列車の発車まで30分ほど時間があるので、駅前に出てみる。東室蘭は以前に来たことがあるが、駅舎は新しく改築されていた。
 10分ほど列車に揺られて、母恋で下車。まだ食事ができる店が開いていないので「母恋めし」というホッキ貝をふんだんに使っているという駅弁を買って、地球岬団地行きのバスに乗る。岬へ行くのに団地行きというのは変な感じだ。
 終点の地球岬団地に着くと、後は徒歩で急坂を登っていく。15分ほど歩くと室蘭八景の地球岬に着いた。

地球岬

 展望台に上がると高さ130mという断崖絶壁に灯台が立ち、水平線が見渡せる立地で、地球は丸いということがよく分かる。噴火湾の対岸には今朝、北斗星から眺めた駒ヶ岳がぼんやりしている。地球岬は北海道の自然100選で第1位になったことがあり、快晴の日にまた来たくなる眺めであった。
 ベンチで母恋めしを食べて、地球岬団地に戻り、バスで室蘭駅へ向かう。列車の本数は少ないが、バスの便は充実しているようだ。
 まだ時間があるので、室蘭八景をいくつか周ってみることにする。絵鞆岬、マスイチ、測量山などへ行ってみたが、いまにも雨が降りそうな曇り空で景色は今一つであった。

地球岬からの眺め
地球岬

室蘭から苫小牧へ

 室蘭駅に戻って普通列車に乗り、東室蘭で16時11分発の札幌行きの特急に乗り継ぐ。北海道全線フリーきっぷがあるので、自由席であれば特急券は必要ない。
 35分ほどで苫小牧に着くと、すでに日が暮れて真っ暗だ。秋の北海道の日暮れは早い。
 とりあえず、予約しておいた駅前のホテルにチェックイン、しばらくしてから再び駅前へ夕食に行く。
 寝台列車ではあまり寝れかったので、もう眠くなってきた。明日は始発列車に乗って襟裳岬へ行くので、早めに切り上げてホテルに戻る。
 列車の時刻は5時47分。4時半には起きなくてはならない。
 (つづく)

 廃止直前・北斗星の旅
 北斗星の輝き
 南の果て襟裳岬へ
 苫小牧から道南を一周
 
北斗星で上野へ

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