ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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上越線の土合と湯檜曽でモグラになる


 若い頃、どこのスキー場へ行こうかと新潟県の地図を眺めていて、上越線の線路が円状に描かれているのが不思議だった。私はとくに鉄道好きではなかったので、ループ線というものを知ったのはしばらく経ってからである。
 実際に越後湯沢から水上まで上り線に乗ってみると、高速道路のインターチェンジなどと同様に、急勾配をらせん状に高度を上げ下げする方法で、なるほどと思った。土合駅を出てループにさしかかると、森の中に直角に交差する線路が真下に見えた。
 これまで上越線には何度か乗ったことがあるが、下り線の土合駅で下車したことまだない。新潟方面へ行くときに途中下車しようと思っても、2〜3時間に1本の運行なので厳しかった。
 今回は土合駅を目的に旅をするので、あの有名な地下階段を体験してみたい。

土合駅の下りホーム
土合駅の下りホーム

横浜から深谷、高崎へ

 2025年8月25日 月曜日
 先週の水曜日から北海道&東日本パスを使いはじめて6日目。1日目は姨捨、3日目は銚子、4日目は小湊鉄道、2日目と5日目は仕事で、かなりの強行軍だが、あと2日なので頑張って早起きする。
 横浜発5時25分の東京上野ライン・高崎行きに乗り、まずは上野の次の尾久まで行く。こんな時間なのにすでに混んでいて、品川で席が空いた。
 車内が閑散としてきたので、このまま普通車に座っていてもよいのだが、優雅にグリーン車に乗って行きたい。
 尾久で下車する理由は、尾久から高崎までの距離が約97kmで、Suicaグリーン券が1000円だからである。上野からだと100kmを超えるので、1580円になる。

東北本線・尾久駅
尾久

 次の高崎行きまで13分ほどあるので、ホームで側線がたくさんある構内を眺めていると、TRAIN SUITE 四季島の車両が出ていった。
 豪華寝台列車の四季島では高級ワインやシャンパンが提供されるそうだが、先日、試飲超えの飲酒を数年間繰り返したとして、スタッフが処分されたニュースがあった。
 この結果、しばらくは一部の運行が中止されるという。そんなことを思い出しながら、高崎行きの普通電車に乗り込む。
 大宮をすぎると田園風景となり、もうすぐ収穫を迎える田んぼが多いが、熊谷のあたりから乾いたネギ畑が目立ってきた。深谷ねぎの畑だろう。
 7時32分、深谷で途中下車。高崎発水上行きの電車には、1本遅らせても間に合うので、東京駅に似た駅舎を見て行こうと思う。
 ホームからはどんな駅舎なのか分からないが、2階の改札口を出ると、宮殿のような姿に圧倒される。

赤レンガの深谷駅
赤レンガの深谷駅

 深谷は一万円札の肖像である渋沢栄一の故郷で、設立した日本煉瓦製造でつくられたレンガが、明治から大正にかけて東京駅などの近代建築物に使われたという。
 その縁で深谷駅は東京駅丸の内駅舎と同じような赤レンガの建物になっている。ちょうど通勤通学の時間帯で、サラリーマンや高校生が次々と駅舎に入っていく。
 下車してから15分後の電車で高崎へ向かう。八高線が合流して倉賀野をすぎると、8時15分に高崎に着いた。

高崎から水上、土合へ

 跨線橋を渡って、8時27分発の上越線水上行きに乗る。211系のロングシートで旅情が出ない。上越線は利根川に沿って上流へ遡り、谷川岳なども見えるので、ボックスシートがあるとよいのだが…。

高崎駅・上越線水上行き 211系
高崎

 新前橋や伊香保温泉の最寄りである渋川でだいぶ下車したが、夏休みの期間で学生が多く乗っている。
 高崎から50分ほどで沼田に着く。武田鉄矢さん主演の「刑事物語5 やまびこの詩」という映画の舞台になった場所である。
 エンディングの別れのシーン。助けた姉妹に沼田駅で見送られ、武田鉄矢さんが列車に乗る。夜になって気づくと、結露で濡れたすべての窓に指で書いた「ありがとう」の文字が浮かび上がるのであった。
 それはさておき、利根川が渓谷のようになって上牧をすぎると、9時33分水上着。湿度が高く、谷川岳は見えなかった。
 水上で10分後に出る長岡行きの普通電車に乗り継ぐ。E129系でボックスシートが付いているが、土合まではすぐなので席はどこでもよい。

水上駅・上越線長岡行き E129系
水上

 私が乗った車両のロングシートは、発車間際にすべて席が埋まった。ほとんどが中学生や高校生で、新潟方面へ合宿にでも行くようだ。
 体重が150キロくらいありそうな鉄道マニアふうの人も乗っているが、さすがに462段の階段を登るとは思えない、土合では降りないだろう。
 次の湯檜曽で新清水トンネルに入り、4分ほど走ると土合に着いた。ホームに降りると雨上がりのようになっている。ドライアイスの煙の中といった感じでとても涼しい。

土合に着いた長岡行き E129系
土合

 上越国境を越えていく電車を見送る。下車したのは数人だったが、ホームには30人くらいはいるようだ。電車は行っちゃいましたか?と声を掛けられる。みんな車で来て、見学しているらしい。
 全長9702mの清水トンネルが開通したのは昭和6年。これにより上越線が全通している。川端康成の「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった…」の舞台としても知られている。
 上越線はしばらく単線だったが、高度経済成長期になると輸送量が増えて賄いきれなくなり、複線化が行われて昭和42年に開通したのが全長13500mの新清水トンネルである。
 トンネルの掘削技術の進歩により、ループ線を登る手前から掘ったので、清水トンネルよりも3.8km長い。それで下り線の土合駅はやむを得ず、地下70mのトンネル内に設置された訳だ。

ようこそ「日本一のモグラ駅」へ
ようこそ「日本一のモグラ駅」へ

 地上の駅舎や改札口へは、長さ338m、462段の地下階段を登らなければならない。およそ20階建てのビルに相当する。エレベーターやエスカレーターなどもちろんない。
 時刻表を見ると、大宮発、越後湯沢行きの臨時特急「谷川岳もぐら号」というのがあって、土合に30分停車するらしい。そんな電車で来るのも面白そうだ。
 しばらくホームを散策していると、涼しいのを通り越して寒くなってきた。そろそろ、階段を登ろうと思う。一段ずつ番号が振られている。はるか先に出口の丸い明かりが小さく見えるが、視力検査の2.0くらい小さい。

土合駅の地下階段
土合駅の地下階段

 下りホームは海抜583m。地上の駅舎は70mも高い位置にある。普通は高度が上がれば涼しくなるが、階段を上がっていくにつれて気温も上がり、汗が噴き出してきた。
 階段を登り続けて約10分、ようやく駅舎が建つ地上に出た。蒸し暑く、太陽が眩しい。もぐらになって地下に戻りたくなる。生まれて初めて、もぐらが羨ましいと思った。

土合の上りホーム
土合の上りホーム

土合から湯檜曽、水上へ

 ついでに隣の湯檜曽駅を見てから水上に戻ろうと思う。上越線の本数は少ないが、水上から谷川岳ヨッホ(谷川岳ロープウェイ)への路線バスがあり、土合や湯檜曽の駅前を通る。
 バスに乗るつもりだったが、土合の上り線ホームを見学していると、思いがけず電車がやってきた。運転日注意の電車である。私が時刻表を買うのはダイヤ改正のときくらいなので見逃していたようだ。
 10時20分に土合を出て、10分で湯檜曽に着く。下りは直線のトンネルなので4分しかかからないが、上りはループ線をぐるっと一周するので時間がかかる。
 上り電車に乗るとすぐに車内検札が始まった。私は北海道&東日本パスを持っているので関係ないが、無人駅の土合から乗る場合は乗車駅証明書が必要らしい。
 第四湯檜曽トンネルを抜けると温泉街があり、ループ線が交差しているポイントから森の中に湯檜曽駅付近を見下ろせる。
 湯檜曽駅はすぐそばだが急勾配で下れないので、第一湯檜曽トンネルのループ線をぐるっと回りながら高度を下げていく。
 湯檜曽駅も上り線は地上、下り線は新清水トンネルに入ってすぐの地下にある。次の水上行きの電車は12時51分発なので、約1時間後の11時28分発のバスに乗ろうと思う。

湯檜曽に着いた水上行き E129系
湯檜曽

 駅前に郵便局があるので、まずは風景印をもらいに行く。谷川岳一ノ倉沢の岸壁を背景にした湯檜曽温泉と、北原白秋の文学歌碑が描かれている。
 打放しコンクリートの簡素な駅舎に入るとすぐ、上り線への階段と下り線への広いスロープに分かれている。
 上り線は地上で暑いが、下り線はトンネル内で涼しい。こんなに違うものかと思うほどだ。涼しい下りホームで休憩したかったが、ベンチは一切なかった。

上越線・湯檜曽駅
湯檜曽駅

 1時間がすぎて、関越交通の路線バスで水上へ向かう。このバスは上越新幹線の上毛高原駅まで行くようだ。途中に大穴という競馬ファンの興味をそそる地名がある。
 15分ほどで水上に着き、温泉旅館に泊まってゆっくりしたいが、そうもいかない。11時57分発の電車で帰ることにする。
 (つづく)


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