ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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富士山を眺めながら…
岳南電車歩き旅


 富士山の眺めがよい路線は富士急や御殿場線などいくつかあるが、南麓を走る岳南電車もその一つである。岳南電車と言っても鉄道好きでなければどこを走っているのか分からないだろう。全線9.2kmの短い路線なので当然なのかも知れない。
 私もこの鉄道があることは知っていたが、乗ったことはなく一度行ってみたいと思っていた。岳南電車は東海道線の吉原が起点なのだが、その吉原という場所も知らない人の方が多いだろう。吉原は静岡県の富士市に位置する東海道の宿場である。新幹線で言えば新富士駅に近く、三島と静岡の中間地点だ。
 私は神奈川県に住んでいて遠いので、確実に富士山が見える日を待って出かけることにした。富士山がよく見えるのは冬晴れの日である。


吉原駅

 2017年1月。
 東海道線の始発電車に乗って熱海で乗り継ぎ、7時前に吉原に着いた。快晴ではあるが富士山の山頂には少し雲がかかっている。どんどん雲が涌いてきそうな感じがするが、昼ころまで何とかもってほしい。
 JRの吉原駅北口から西へ歩いていくと岳南電車の駅舎があり、古くからのローカル線といった雰囲気で、切符は今でも昔ながらの硬券が使用されている。岳南鉄道が開業したのは昭和24年という。
 まずは次の駅である2.3km先のジヤトコ前を目指して歩きはじめる。富士市は紙の町なので工場の煙突からはモクモクと煙が上がっている。岳南電車は吉原を出発するといったん西へ向かい、田子の浦港を左に見ると北へ向きを変える。
岳南電車に沿って北へ歩き、正面に富士山を見ながら東海道新幹線を高架橋で渡っていく。この道は暮れに行われる富士山女子駅伝で各大学のエースが走る区間で、見たことがある人もいるのではないだろうか。
 高架から地平に下ったところが、富士山と岳南電車を撮れるこの路線で一番のポイントである。7時20分ころに着いて、寒い中で電車がくるのを待つ。
 10分ほど待つと岳南江尾行きの8000系という緑色の電車が富士山へ向かって、吸い込まれるように走っていく。「がくちゃんかぐや富士」というヘッドマークをつけているのは、この辺りに竹取物語、かぐや姫の伝説があるからで、緑の車両は竹の色だ。
7時40分をすぎて、ようやく吉原行きの赤い電車が富士山を背にこちらに向かってやってきた。これは標準型の車両で7000系というらしい。雪を頂いた青く大きな富士に赤い車両がワンポイントとなっている。


富士山と岳南電車

 写真を撮って再び歩き出すとジヤトコ前駅はすぐそこである。ジヤトコとは車の部品をつくっている会社らしい。
 次の吉原本町へは400m、さらに本吉原へは300mとすぐに駅が現れる。この辺りが吉原の中心街なのだが、吉原本町に本吉原…、本家に元祖のような感じで少しおかしい感じもするが、吉原本町の方が商店街に近い。
 ところで岳南電車には10の駅あり、すべての駅のホームに富士山ビュースポットが設置されている。どの駅からも富士山が見えるのだが、まあ何とか見える程度ではある。
 本吉原の駅前には工場があり、青空に向って白い煙が上がっていて雲のようだ。富士山ビュースポットの中では本吉原駅が最もよく富士山が見えるが、手前にガソリンスタンドや電柱があるので仮にも撮影地などと言えるものではない。
 岳南電車は本吉原をすぎると東に向きを変えて製紙工場地帯へ入っていくが、その手前で先ほど見た緑色の電車が岳南江尾で折り返して戻ってきた。


がくちゃんかぐや富士

 線路沿いに道がないので大通りを歩き、岳南原田駅に9時少し前に着いた。平屋の駅舎には「めん太郎」いう、そば・うどんの店が併設されている。お腹が減ってきたがさすがにまだ営業していないので、仕方なくコンビニでパンを買う。
 次の比奈駅へも線路沿いに道はなく、パンをかじりながら工場群を回りこむように歩いていく。9時20分に比奈駅に着くと可愛いらしい駅名であるが、工場の敷地内のような場所で人気がなくひっそりとしている。ホームに立つと駅舎の上に富士山がわずかに見え、工場からの音だけが響いていた。


帰りの車窓から見た工場群

 比奈からは工場の敷地を歩き、1km先の工場地帯の末端である岳南富士岡駅へ向かう。私有地なので犬の散歩はご遠慮下さいという看板がある。
 やがて機関車や青い貨車が見えて、岳南富士岡駅に着いた。駅舎には月とかぐや姫が描かれている。駅構内には側線や車庫があり、留置されている機関車の上に富士山が見える。岳南鉄道は製紙工場でつくられた製品を東海道線へ運ぶために敷設されたのであり、ここが貨車を編成する操車場だったのだろう。


岳南富士岡駅

 岳南富士岡で工場地帯は終わって住宅街となる。すぐ先には打鐘式の踏切があり、懐かしい音を響かせていた。
 赤淵川を渡るところが撮影ポイントとしてよさそうだったので、電車がやってくるのを待つ。富士山からは絶えず雲が涌いているが、西高東低の気圧配置によって西風が強いので何とか山頂は見えている。


岳南富士岡駅

 線路沿いに戻ると須津(すど)駅に着いた。紅葉が美しいという須津川渓谷や大棚ノ滝の名所案内があるのだが、最寄り駅とは言えないほどに遠い。
 岳南電車は脱線したりはしないと思うが、ここで話は脱線する。須津駅の近くにお茶屋さんがあって「茶ら男(ちゃらお)」といゆるキャラがいるらしい。お茶を摘む格好をした茶屋のご主人が扮した、日本で唯一、生身の人間が演じるゆるキャラだそうだ。イベントなどに出没するということで一度見てみたいと思う。
 須津駅を出て愛鷹山から流れる一級河川の須津川を渡り、何の変哲もない神谷駅をすぎて、新幹線の高架が現れると11時すぎに終点の岳南江尾(えのお)駅に着いた。駅近くにはマックスバリュというスーパーマーケットがあるだけの殺風景なところだ。
 駅構内に入ると一面のホームに2線あり、それぞれに赤と緑の電車が停車している、ホームには花壇があり、色とりどりのパンジーが咲いている。富士山ビュースポットに立つと新幹線の高架の上に富士山が顔を出していた。


岳南江尾駅

 帰りは電車に乗って吉原へ戻る。ホームで待っていると新幹線がすごいスピードで通過していく。
 車掌がいるとしないが、ワンマン列車なので車両の最後尾に座り、歩いてきた駅を眺める。もくもくと煙を上げる工場の煙突に見送られ、ジヤトコ前をすぎると富士山がまた来いよと見送ってくれた。


工場の車窓

 11時45分に吉原に着いて東海道線に乗り換える。岳南電車は工場夜景で知られているので、今度はそれを見にきたい。


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