ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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三島から修善寺へ
いずっぱこ歩き旅


 「いずっぱこ」とはおもしろいネーミングで、静岡県の三島と修善寺を結ぶ伊豆箱根鉄道・駿豆線のことである。もちろん富士山の眺めがよいのだが、起点の三島から終点の修善寺へ向かっていくと、富士山が遠ざかっていくのが少し残念ではある。
 富士急行のように徐々に富士山に近づいていけばワクワク感が出るのだが、それは仕方のないことだ。とは言え、富士山の眺めで抜群なので、じっくりと見てみたいと思いたち、沿線を歩くことにした。
 伊豆箱根鉄道・駿豆線は全線19.8kmなので、一日あれば富士山を見ながら歩けるだろう。


三島駅を出る3000系

 2017年2月。
 先月、岳南電車の全線9.2kmを歩いて、富士山を見ながらの歩き旅に少しハマっているのだが、今回の「いずっぱこ」は2倍の距離の19.8kmである。疲れたら続きは次回に歩けばよい、と気軽に行くことにする。
 東海道線の始発電車に乗って、6時45分ころに三島に着いた。三島は伊豆への起点なのでたまに来ている。まだ日の出の直後で薄明るいが、雲一つなく綺麗な富士山が眺められそうだ。
 まずは窓口で「旅助け」という一日乗車券(1020円)を購入する。三嶋大社の開運大吉の御守として知られる「三嶋駒」の形をしたフリーきっぷである。全線を歩くのに、なぜこれを買ったのかは後で説明させていただくとして、三島駅を後に歩き始めた。
 いずっぱこは、西へ向かう東海道線と200mほど並走すると南へ進路を変えて1kmほど行くと三島広小路駅に着く。ここは旧東海道が交差していて街道といった感じがあり、駅舎は昭和の雰囲気を醸し出している。
 三島は富士山の伏流水で潤う水の街なので、細い川がたくさんある。三島広小路を出ると市街地から住宅地に変わり、500mほど歩いて小さな川を渡ると三島田町駅に着く。駅名標には三嶋大社前と記されているが、ここへ電車で来るよりも三島駅から歩いた方が早いだろう。
 次の三島二日町との間に国道1号線の高架が横切っている。その高架への階段を上ると、住宅地を抜けてくる電車の奥に富士山が見える。富士山の左裾は前衛の愛鷹山地で隠されているが、右裾は長く伸びている。


国道1号線からの眺め

 7時35分に三島二日町に着くと、駅前の駐輪場は自転車で溢れている。ちょうど下り電車がやってきて、三島方面だけではなく修善寺への通勤客も多いようだ。
 三島二日町をすぎると住宅地から田園に風景に変わって富士山の眺めもよくなってくる。1kmほど歩いたところに富士山といずっぱこが撮れる最も有名なポイントの中村踏切があり、少し待っていると三島行きの電車が通過していった。
 この路線には昭和の頃からJRの特急「踊り子号」が乗り入れていて、鉄道ファンからすると富士山と踊り子を撮りたいというのがあるようだ。私はそこまでの鉄道ファンではないが、古い車両には興味があるので、その時間にもう一度来てみようと思う。一日乗車券を買ったのは歩いた先からここに戻ってくるためである。
 ここからは線路沿いに道がないので、中村踏切の先で大場川を渡って、今度は線路の東側を歩いて行く。中村踏切から10分ほど歩くと北沢踏切でここも有名な撮影地である。少し待つと黄色い車両の「イエローパラダイストレイン」がやってきた。一編成しかなく見れると幸せになれるそうだが、この後何度も見ることになった。全線20kmたらずを行ったり来たりしているから当然である。


イエローパラダイストレイン

 ところで写真を見ていただくと富士山の中央部に大きな陥没があるのがお分かりいただけると思う。これは宝永火口と言って江戸時代の噴火口跡である。約300年前、富士山が最後に噴火したのは、山頂からではなくこの中腹からだったのだ。
 広がっていた田畑から再び住宅地に入ると、伊豆箱根鉄道本社が現れて敷地内に車両工場と車両基地があるのが見える。すぐ先の大場(だいば)駅には8時35分に着いた。駿豆線は単線で大場駅は行き違いのできる駅である。ホームを見るとちょうど上りと下りの電車が並んでいた。
 大場駅を出ると三島市から函南町に入る。新しい高架の伊豆縦貫道(東駿河湾環状道路)をくぐって伊豆新田駅をすぎると、函南原生林を源流として狩野川の注ぐ来光川を渡る。
 さらに函南町から伊豆の国市に入ると9時20分に原木(ばらき)駅に着いた。先ほど見たイエローパラダイストレインが修善寺で折り返してきて、ホームに停まっている。
 原木駅から次の韮山駅の間は、区画された田んぼの中の電車は走っていく。富士山が見えてよい撮影ポイントだと思うので、休憩がてら電車か来るのを待った。


富士山と3000系

 10時すぎに韮山駅に着き、ここでいったん歩くのを中断する。と言うのは、踊り子号がやってくる時間だからである。先ほどの中村踏切を10時50分頃に通過するので、一日乗車券を使って三島二日町まで戻ることにした。
 三島二日町から1km歩いて撮影ポイントに着くと先客が2人いて、さすがに有名な撮影地である。一人は気さくで踊り子を待っている間にいろいろと話したが、もう一人は愛想がなく目を合わそうともしない。
 やがて踊り子がやってきたのだが、ブレブレになってしまった。私はホームページに載せる程度のが撮れればよいと思っているので、写真にこだわりはない。一眼レフとかよく分からないし、嵩張るのが嫌なので普通のコンデジである。動いている電車を撮るのは難しいもので、たまにピントが合わないことがあるのだ。
 仕方がないのでこの踊り子が修善寺から折り返す時間にもう一度くることにして、三島二日町まで戻る。一日乗車券があるので運賃はかからないが、この道を歩くのは今日3度目で、失敗したから余計に疲れる気がする。
 韮山駅に戻って1.6km歩くと伊豆長岡駅に着いた。ここは長岡温泉や伊豆の国パノラマパーク、世界遺産の韮山反射炉への最寄りで、立派な駅舎が建ち、駅前も広くて観光地の雰囲気である。また、いちごの産地としても知られているらしい。
 伊豆の国パノラマパークのロープウェイで標高452mの葛城山に登れば、富士山と駿河湾の眺めが抜群なのでおススメしたい。私は歩いて登山したことが何度かあり、山腹ではみかん狩りも楽しめる。
 伊豆長岡を出ると狩野川が寄り添ってきた。狩野川は石川さゆりさんの「天城越え」でも歌われている浄蓮の滝など、天城山を源流とする伊豆屈指の川である。いずっぱこはこの先の修善寺までこの川の右岸に敷設されていて、狩野川が蛇行するといずっぱこも蛇行する。


狩野川

 伊豆長岡から田京までは2.8kmあり、この路線で最も駅間距離が長い。田京駅が近づくにつれて富士山は葛城山などの背後に隠れてしまう。富士山はここで見納めである。12時5分に田京駅に着き、ふたたび件の中村踏切へ戻ることにする。自分でも何をしてるのかと思うが、別日にまた来くのは嫌なので仕方がない。
 三島二日町から歩いて中村踏切に着くと今度は誰もいない。鉄道写真というものはこちらにやってくるのを撮るもので、向こうへ行ってしまうのを撮るのは邪道なのだろう。私は邪道でも何でも撮れさえすればよいと思っている。
 先ほど撮りそこなった踊り子号が修善寺で折り返して12時55分ころに来るはずである。しばらくすると背後から現れて富士山へ向かって走り去って行った。私はこれくらい撮れれば満足だ。三島二日町へ歩くのは今日5回目であるが、今度は写真が撮れたので気分がよい。


踊り子号

 この路線を走る踊り子号は1日2本あり、次は三島発13時40分となっている。30分後くらいにはやってくるので、原木で下車して先ほどの田んぼで待つことにした。撮り位置が今一つだがブレずに撮ることはできた。修善寺からはこの踊り子号に乗って帰る予定にしている。
 写真の失敗で時間がなくなってしまったので、田京から大仁の一駅の区間だけ歩くのをやめて電車に乗ることにする。原木から電車に乗って14時20分頃に大仁(おおひと)駅に着いた。ホームには鏡のついた大きな洗面台があって温泉地らしい。駅前には足湯が湧いていて疲れを癒やすこともできる。
 この大仁温泉は、ミスタープロ野球の長島茂雄さんが昭和42年〜48年まで自主トレをした地として知られており、読売巨人軍・長島茂雄ロードという道もあるのだ。駅舎の上に覆いかぶさっているように見える城山は、長島茂雄さんが駆け登ったのだという。私も登ったことがあるのだが、急峻で到底駆け登れる山ではなく、すごい脚力だったのだろうなと思う。


大仁駅

 大仁から修善寺まではあと3.2kmで、田園風景を見ながらといった感じである。牧之郷駅をすぎると富士山がちょこっと稜線の上に頭を出している。やがてホームに停まっている踊り子号が見えて、15時10分に修善寺駅に着いた。
 修善寺は何度も来たことがあるので、すぐに帰っても名残惜しいということはない。窓口で小田原までの特急券を買う。踊り子号の発車は15時39分である。帰りは夕暮れの富士山の車窓を眺めながら、贅沢な気分で三島へ向かった。


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