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鈍行みちのくひとり旅 (4日目) 函館からフェリーで大間へ
北海道&東日本パスの旅・4日目。昨日は青森から北海道新幹線で函館へ、教会群などをゆっくり観光できた。
今日はフェリーで本州最北端の大間へ渡り、下北半島を路線バスで南下。下北駅から大湊線、野辺地から青い森鉄道、IGRいわて銀河鉄道を乗り継いで、盛岡まで行く予定にしている。
函館から大間へ
2025年3月1日 土曜日。
函館発7時42分の上磯行きの乗るが、まだ30分ほど時間があるので、朝市や摩周丸を見てからホームへ向かう。
すでに入線しているのは前が臙脂色、後ろが紺色のキハ40の2両編成で、次の五稜郭から道南いさりび鉄道に入る。
 函館
7時52分に七重浜に着き、五稜郭からの乗り越し料金を払って下車。フェリーターミナルまで歩いていく。
函館と青森の間には、青函フェリーと津軽海峡フェリーが運航していて、それぞれのフェリーターミナルは離れたところに位置している。
青函フェリーには何度か乗ったことがあるが、津軽海峡フェリーは初めてで、七重浜駅から15分ほど歩くと、津軽海峡フェリーの函館ターミナルに着いた。
大間行きのフェリーは9時30分発なので、まだ1時間20分ほどある。次の列車では間に合わないので仕方がない。周辺を散策したり、弁当を買ったりして過ごす。
 函館フェリーターミナル
ようやく乗船開始の放送があり、車と同じ後部から船内へ入る。大間と函館を結ぶので「大函丸」の名である。旅客定員数478名だが、乗っているのは50人くらいだろう。
発船すると左に函館山を見ながら航行する。スッキリ晴れたいれば下北半島が見えるのだが、湿度が高いようで見通しはあまりよくない。
津軽海峡というと荒れた冬景色が思い浮かぶが、今日は波も穏やかで気持ちがよい。
ただ、展望デッキは後部にあるので、排気ガスの油煙が流れてきて、心なしかベタベタしてくる。
 函館山
函館山の断崖が左後方に遠ざかったので、客室に入ってフェリーターミナルで買った弁当を食べ、しばらく横になる。
再び展望デッキに出ると、本州最北端の大間崎が見えてきた。その左には弁天島の灯台がぼんやりと霞んでいる。北海道最南端の松前町の白神岬よりも、青森の大間崎の方が北にあるのが面白い。
大間からは青森市街よりも函館の方が近いので、この辺りに住んでいる人は病院や買い物など、大函丸で函館まで行くのだという。大函丸はかなりの赤字だが、それで何とか廃止を免れているらしい。
11時ちょうどに大間ターミナルに着いた。10分ほど待たされてから下船すると、乗客はみんな車で去っていき、私一人が取り残された。
 大間フェリーターミナル
下北駅へのバスは1時間後である。フェリーターミナルは車で来るところなので、近くにマグロを食べれるような店はないようだ。
大間崎まで行けば店が並んでると思うが、4kmも離れているので歩くはしんどい。なので、閑散としたターミナルでバスを待つことにする。
吹き抜けにマグロのオブジェや大漁旗、2階には海の女神・天妃様の従神の千里眼と順風耳というのが展示してある。
 マグロのオブジェ
11時57分発のバスがやってきた。地元のおばあさんが何人か座っていて、観光客は私一人だけである。
フェリーターミナルを出ると北上して大間崎をぐるっと回る。しばらくすると中学生が10人ほど乗ってきたが、2人掛けの席に1人ずつ座り、下車するまで誰一人として喋らなかった。
大間の町を出ると風間浦村に入り、左に寂寞とした太平洋を見ながら、単調にひたすら走る。
風間浦村の集落に立ち寄り、再び太平洋に出ると下風呂温泉から観光客が2人乗ってきた。
海を見下ろす道となって断崖を越えると、13時ちょうどに大畑駅に着いた。5分間のトイレ休憩があり、外に出て背を伸ばす。
ここはかつての国鉄大畑線の終着駅で、下北交通が引き継いだが2001年に廃線になっている。駅舎は当時と変わっていないようだ。
 大畑駅
大畑駅を出ると太平洋と分かれ、内陸に入って陸奥湾へ向かう。しばらく田園風景が続き、むつ市の市街地に入る。
大間から乗った中学生たちが下車していく。こんな長距離を通学しているとは思えないので、何かの学校行事があったのかも知れない。
13時45分に下北駅に着き、JR大湊線に乗り換える。フェリーもバスも運賃は同じ2090円であった。
 下北駅
下北からは久しぶりに北海道&東日本パスを使う。駅舎に入ると観光客で溢れている。12分後の大湊行きが折り返して野辺地行きになるので、これに乗って隣の終着駅である大湊まで行き、席を確保しようと思う。
5分ほどで大湊に着き、発車は11分後である。慌ただしく駅前に出たり、スタンプを押したりして、キハ100のボックスシートの海側に座る。案の定、下北に着くと席はすべて埋まった。
 大湊
陸奥湾の眺めを期待していたのだが、防風林のようなものがあって海はほとんど見えず西日だけが眩しい。
やがて沿線の主要駅である陸奥横浜に着く。横浜町は菜の花で知られ、日本一の作付面積を誇り、5月に見頃を迎えるという。隣の吹越駅の待合室には「日本一の菜の花畑の町」という大きな看板が掲げてあった。
吹越を出ると少しの間だけ陸奥湾の眺めよい。陸奥湾の沿岸にはほとんど雪がなかったが、15時14分、野辺地に着くと雪景色に変わった。余りの変わり様に驚く。陸奥湾からの海風は温かいようだ。
私が10代の頃に買った道路地図には、野辺地から七戸まで走っていた南部縦貫鉄道や三沢から出ていた十和田観光電鉄の路線図も載っている。
日本最古の鉄道防雪林を見て、8分後に出る青い森鉄道の八戸行きに乗る。青春18きっぷでは制約がある区間だが、北海道&東日本パスでは青い森鉄道とIGRいわて銀河鉄道にも乗ることができる。
 野辺地
野辺地発15時22分、あとは普通電車を乗り継いでいけば、今夜宿泊する盛岡には18時52分に着く。3時間半もあるのでうんざりしてくるが、車内は空いているので体は楽である。
八戸に16時08分に着き、気晴らしに改札を出る。しばらく駅の周辺を歩いて、16時30分発の電車に乗る。終着の三戸に着くと西の山に太陽が沈んで行った。
三戸では待ち時間が34分もあるので、ここでも駅前に出る。老舗の清水屋旅館の古い建物が目につくだけで、他には何もない。
かつては特急が停車する東北本線の主要駅で活気があったのだろうが、過疎化の影響に加えて新幹線の延伸でさらに寂れてしまったようだ。大きな平屋の駅舎が空しい。
 三戸駅前の清水屋旅館
ホームに灯がともり、三戸発17時25分の盛岡行きの電車に乗る。青い森鉄道の車両である。
目時をすぎると青森県から岩手県に入り、路線も青い森鉄道からIGRいわて銀河鉄道に変わる。
外が真っ暗になり、少しずつ乗客が増えて、18時52分に盛岡に着いた。
 盛岡
名物の盛岡冷麺を食べ、腹ごなしに少し夜の町を彷徨ってからホテルへ向かう。
明日は山田線で宮古に出て、三陸海岸を散策、福島まで行くことにしている。
(つづく)
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