ローカル鉄道の時間旅行
杉森涼
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南の果て襟裳岬へ


 これまでに北海道は何度も旅行したが、簡単に行くことができる札幌や小樽、函館、旭川、釧路などの大きな都市だけであった。今回は時間的に余裕があるので、最果ての一つへ行ってみたいと思う。
 候補は稚内、根室、知床などがあるが、東京から5日間有効の北海道全線フリーきっぷで旅をするので、そこまで行くのは厳しい。それで、苫小牧から1日あれば往復できる襟裳岬に決めた。
 襟裳岬は苫小牧からは約170kmも離れており、北海道の南の果てと言ってよいだろう。森進一さんの「襟裳の春は〜何もない春です♪」でお馴染みだ。日高山地の南端で、日本一の競走馬の産地でもある。
 苫小牧から太平洋岸を走る日高本線で終着の様似まで行き、そこから路線バスで襟裳岬へ向かうことにする。列車の車窓から馬が見えることも期待したい。

 2014年11月上旬。
 日曜日の夜、北斗星で上野を発ち、月曜日は苫小牧に宿泊。
 火曜日、朝5時半すぎにホテルを出て苫小牧駅へ行く。もちろん外は真っ暗で駅もまだ眠っている。7時58分発に乗れば、終点の様似まで一本で行けるのだが、せっかくなので5時47分発の静内止まりの始発列車に乗る。

苫小牧駅
苫小牧駅

 3両編成で苫小牧を出発、乗客は私一人だけの貸切だ。
 車内には、競走馬の牧場の中にある絵笛駅、高山植物の宝庫アポイ岳、海岸の昆布干し場など沿線のみどころが紹介されている。優駿浪漫という愛称の列車である。
 苫小牧を出ると沼ノ端の手前で室蘭本線と分かれて南東へ進路を変える。灯りがともる工場群を抜けると寂しい景観となり、10分ほどで最初の駅である勇払に着く。夜が明けたが、濃い霧が立ち込めている。
 勇払からはときどき工場が現れる程度で、原野のような何もないところを走っていく。わりと海の近くを走っているのだが、海は見えない。最後尾の車両に座っていると、車掌に前の車両へ移るように言われる。
 6時16分、港町の鵡川に着くと3両目が切り離され、折り返しの苫小牧行きになるらしい。
 鵡川はシシャモ漁が盛んで、シシャモの寿司など珍しいものがあるが、10月の1ヶ月程度しか味わえないという。アイヌの人々が凶作で困っているときに、神様が柳の葉をシシャモに変えたという伝説から、柳葉魚と書いてシシャモと読む。
 鵡川の辺りまでは霧が濃く立ち込めていたが、だんだんと晴れてきた。
 汐見をすぎると名前が示す通り、海沿いに出る。
 1993年に廃止された臨時駅というフイハップ浜駅跡を通る。フイハップとはアイヌ語で燃える所を意味し、赤い崖があったことによるらしい。確かにこの辺りは海食崖のような高台に線路が敷かれているので、海の見晴らしがよい。
 各駅の周辺には集落があるが、それ以外は海や草原を見ながら行く感じである。清畠駅は太平洋の前に物置小屋のような小さな駅舎がポツンとあるだけだ。
 苫小牧から1時間ほどガラ空きだったが、富川や日高門別あたりから徐々に高校生が乗り込んで、新冠に着くころには満員の通学列車に変わっていた。
 どこの赤字ローカル線でも、日中はガラ空きだが、朝と夕方は通学の高校生で満員になる。この辺りの高校生も卒業したら札幌や東京へ出るのだろうか。
 この列車の終着である静内には7時33分に着くが、次の様似行きは9時55分発なので、一つ手前の新冠で下車して静内への5kmほどを歩いてみることにした。

 新冠に7時27分着。知らない道を歩くのはワクワクするものだ。
 国道235号(浦河国道)に出るとレ・コード館があって、世界的なスケールでコレクションしているそうである。レコードを思わせる丸い建物の真ん中が「優駿の塔」という高さ25mの展望塔になっていて、360度のパノラマが広がるらしい。
 建物の前には、昭和のアイドルホース・ハイセイコーの像があり、三冠馬シンボリルドルフやナリタブライアンなどの碑が並んでいる。さすがに競走馬の町である。
 太平洋の海岸線沿いの国道を3kmほど歩いていくと、新冠町から新ひだか町に入る。前方からの陽ざしが眩しい。

静内への国道を歩く
静内への国道を歩く

 やがて、日高地方で最も大きな静内の街に入るが、道中では期待していた競走馬の牧場は見当たらなかった。
 静内駅に9時ちょうどに到着。
 ここで駅弁を買うつもりだったが全て要予約になっている。観光客も列車には乗らないのだろう。時刻表には、北海いかめし、うにいくら黄金鮭弁当、たらば蟹弁当など記載されているのだが…。まだ食事処は開いていないので、仕方なく売店でありふれたパンを買って我慢する。
 しばらく静内の街を散策して、9時55分発の様似行きに乗り込む。ここから先は1両編成である。乗客は5人程度なので、4人掛けのボックスシートも1人で使え、足も前の席に投げ出せて快適だ。
 静内を出るとしばらく海岸線を走るので太平洋の眺めがよい。静内から様似までは1時間半、車窓は延々と海岸線と牧場などの景色が繰り返されて単調だが、見ていて飽きない。
 日高三石をすぎると、しばらく内陸に入って海は見えなくなるが、絵笛付近では放牧された馬がちらほら見えて、この辺りを散策してみたい気にもなる。
 日高振興局(旧・日高支庁)の所在地である浦河には10時56分着。終点の様似まではあと25分ほどだ。
 日高幌別の辺りでは砂浜に昆布が干され、陽ざしを浴びている。日高昆布は正式には三石昆布と言い、柔らかく煮えやすいのが特徴らしいが、私には利尻昆布も羅臼昆布も区別はつかない。
 鵜苫から内陸に入ると11時19分、日高本線の終着である様似に着いた。苫小牧を出てから、すでに5時間半も経っている。

様似駅
様似駅

 様似から襟裳岬までの往復割引乗車券(1850円)を買い、岬小学校行きの11時35分発のバスに乗る。襟裳岬の近くに小学校があるようだ。
 バスは海岸線に沿った国道336号線(襟裳国道)を南下、アポイ岳の登山口などを経由する。標高810mのアポイ岳は高山植物の宝庫として知られており、いつか登ってみたいがヒグマも生息しているらしい。
 なおも太平洋沿いを南下していくと、右窓にようやく襟裳岬が見えてきた。
 様似からずっと寂しい感じの道だったが、えりも町の中心街に入ると店舗や旅館などが建ち並んでいる。この辺りの人には悪いが、観光地の雰囲気があり、最果てにもこんな街があるんだなぁといった印象だ。
 その中心街をすぎて国道と分かれると、一面草原にがらっとが変わる。これぞ北海道といった景観である。
 12時半に襟裳岬に到着。すぐ先にある、えりも岬郵便局まで乗って、風景印を捺してもらう。帰りのバスが13時27分なので、散策できるのは1時間弱である。
 襟裳岬は寒流と暖流の合流点で霧が発生しやすいそうだが、今日は青空が見えて運がよいようだ。
 一帯には灯台、風の館、歌碑、レストハウスなどがある。
 明治22年完成の襟裳岬灯台の脇には二つの歌碑が並んでいる。島倉千代子さんが昭和36年、森進一さんが昭和49年に襟裳岬という名の歌を発表すると、空前絶後の観光ブームが訪れたそうだ。当時は観光客が次々と押し寄せたそうだが、今はシーズンではないこともあって閑散としている。
 灯台が立つ広場から遊歩道の階段を下っていくと襟裳岬の突端まで行くことができる。岩礁帯にはゼニガタアザラシが約500頭も生息しているというが、まったく見えなかった。近くに襟裳神社の旧跡があり、現在は丘の上に移されている。
 レストハウスで食事。観光地なので海鮮丼などいろいろあるが、時間がないので昆布ラーメンを注文する。店内の土産物のコーナーに干した昆布が大量に売られており、あまりに安いので店の人に尋ねると「拾い昆布」と言って流れ着いたものとのこと。
 襟裳岬からは広尾を経て、帯広へもバスが通じている。JRに変わる頃まで走っていた国鉄広尾線には、愛国、幸福、新生、大樹など、おめでたい駅名がたくさんあった。「愛国から幸福へ」というキャッチフレーズで、切符が人気となったが乗客は少なく、昭和の終わりに廃線になっている。そう言えば、銚子電鉄の「ぬれ煎餅」や「まずい棒」も人気だが、経営状況はどうなのだろうか。

襟裳岬
襟裳岬

 襟裳岬から1時間かけて様似へ、さらに日高本線で3時間半かけて苫小牧へ戻る。13時27分発のバスに乗らなければ、今日中に苫小牧には戻れない。行きはよいが帰りは辛い。
 広尾からのバスがやってきて、様似に14時20分着。列車の発車まで15分ほどあるので、周辺の写真を撮っておく。
 アポイ岳に見送られて、14時34分に様似を後にする。乗客は数人だけである。来るときは海側に座ったので、帰りは山側に座ってみたが、やはり海側がよい。砂浜には、まだ昆布が天日干しされている。
 来るときに絵笛で見た馬たちは、すでに厩舎へ戻ったようだ。
 この時期の北海道の夕暮れは早く、やがて日没で、太平洋に沈みゆく夕日が美しい。
 夕日を見ながらウトウトしているうちに15時57分に静内に到着。ここで上り下りの交換のため13分停車する。
 2日後に東京へ帰る予定だが、みどりの窓口で北斗星の切符があるか調べてもらうと、B寝台の空席があったので購入。廃止寸前で人気の列車でも、意外とキャンセルが出るので前日でも買えたりするものだ。上り列車は夜で車窓の眺めがよくないので、普段から空いているかも知れない。
 車内に戻ると、行きと同様に高校生の帰宅時間と重なって満員になっているが、出入口近くのロングシートが空いていて何とか座れた。
 疲れて眠っている間に時間が経ち、気がつくと外は真っ暗で、苫小牧に17時53分に到着。車内は暖房が効いていたので外に出ると寒い。

 翌日の水曜日は札幌や小樽を観光した後、函館まで移動して宿泊。
 木曜日は函館を散策、夜までだいぶ時間があったので、札幌方面へ行けるところまで行き、東室蘭から上野への北斗星に乗車した。
 北海道全線フリーきっぷの有効期限は木曜日までだが、寝台列車の場合は翌日の下車する駅まで有効である。
 私が乗ったのは、Bコンパートという4人用の簡易式個室で誰もいなかったが、伊達紋別から高齢の女性が一人で乗ってきた。東京に住んでいる息子さんが上野に迎えに来るという。
 21時49分に函館を出てベッドに横になると、疲れていたのか熟睡できて、目が覚めると6時を過ぎている。
 11月なので、まだ津軽海峡冬景色ではないが、青森あたりが悪天候だったらしく、上野に着いたのは約1時間遅れであった。


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